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エコテックス国際共同体

【写真】株式会社小倉メリヤス製造所

 日本国内の縫製工場として初めて、
OEKO-TEX® STeP(エコテックス®ステップ)認証を取得


 株式会社小倉メリヤス製造所の100%子会社である株式会社小倉メリヤス栃木工場株式会社がSTeP認証を取得したのは、2026年3月。“見えにくい工程”とされてきた縫製の現場で、なぜ今、国際認証に挑んだのか。その背景と現場での変化について、同社代表取締役社長の小倉大典氏にお話を伺いました。(取材・文:ニッセンケン品質評価センター 広報担当)

vol.01

昭和初期。
リアカーから始まった、東京の小さな縫製工場

 株式会社小倉メリヤス製造所は、1929年(昭和4年)に東京・墨田区で、小倉信作氏(現・小倉社長の祖父)が創業した縫製会社です。
 創業当時、この地域にはメリヤス産業(ニット縫製)が集積しており、同社も丸編み機を自社で保有し、糸の仕入れから編み立て、縫製までを一貫して行っていました。当時製造していたのは、今で言うヘンリーネックのような紳士肌着。信作氏が自社ブランドの肌着をリアカーに積み、両国橋を渡って日本橋などの卸し先や小売店へ運んでいました。
 第二次世界大戦中、墨田区の工場地帯も焼け野原となりましたが、信作氏は終戦後すぐに事業を再開。会社経営の大きな転機となったのが、当時の株式会社レナウンとの取り組みでした。“ベビーウェア”というアパレルカテゴリーが一般的ではなかったこの時代に、同社はレナウン専用工場の一社としてベビー服・子供服の製造に携わるようになりました。
以降、OEM生産へと大きく舵を切り、現在までベビー・子供服を中心に、メンズ・レディースアパレルもオールマイティに手掛ける事業を展開しています。
小倉社長は自社の強みについて、次のように語ります。「当社の特徴は、“対応力”だと自負しています。ベビー服は、よだれ掛けからロンパース、トップス、パンツまで非常に多様なアイテムがありますし、サイズ展開や色展開も細かい。そのため、自然と多品種・小ロットへの対応力が身に付きました。メンズやレディースの工場では一般的に『上物専門』『パンツ専門』などと分業されているケースが多いですが、当社は“何でも縫える工場”として、お客様から評価いただいている部分もあるのかなと思っています」。

【写真】株式会社小倉メリヤス製造所【写真】株式会社小倉メリヤス製造所

ベビー服・子供服づくりを始めた当時、小倉メリヤス製造所の縫製現場の様子

中国で見た、
“日本のものづくり”の価値

 小倉社長は大学卒業後、すぐに家業へ入ったわけではありませんでした。最初の就職先は糸へん産業とはまったく関係のない、医療系の専門学校。そこで教員として勤務しました。その後、2003年に家業である小倉メリヤス製造所へ4代目候補として入社しましたが、当時社長だった父親から、こう言われたそうです。
 「お前、すぐにでも中国へ行け」。
 当時は、まさに中国生産が急速に拡大していた時代。同社も中国での委託生産を始めており、『現地で何が必要なのか、自分で考えて動いてこい』 ― それが父親から与えられたミッションだったのです。
 「上海に住居兼事務所の小さなマンションを借り、中国の生産現場へ飛び込みました」と小倉社長。「当時の中国は、本当に勢いがありました。毎日のように街並みが変わっていく。日本は“ずっと不景気”で、それしか知らなかった世代だったので、中国で体感したそのエネルギーに衝撃を受けました」。
 当初は、「ここまで作れるなら、正直、日本で作らなくてもいいのでは」と、思うこともあったそうです。
 しかし、現場へ深く関わる中で、「次第に日本との違いも見えてきた」と言います。当時、中国では日本の法令で禁止物質となっているホルムアルデヒドに対応する検品体制が整っておらず、日本へ輸入した後に検品や仕上げを行っていたそうです。また、不良率も高く、現地に検品工場を立ち上げるなど、品質管理の体制作りにも追われました。
 そうした経験を経て、改めて日本の自社工場を見た時、逆に“日本のものづくりの価値”を強く感じるようになったと言います。
 「設備だけを見れば、最新のミシンを導入するなど、中国の方が進んでいました。でも、出来上がった商品を見ると、やはり何か違うんです…。例えば、服が床に落ちた時の扱い方一つでも違いますし、最終仕上げや梱包でも、“お客様が受け取った時にどう感じるか”を自然と考えている。サンプルを送る時も、薄紙を入れて丁寧に畳む。そういう細かな気遣いが、日本の現場では当たり前のように根付いているんですね」。
 それは、マニュアルで教えられるものではなく、長年積み重ねられてきた“文化”だと感じたそうです。
 「だからこそ、国内生産では、高い技術としての“縫える”ということだけではなく、“丁寧さ”や“相手を思う感覚”を大事にしたいと思っています」。

【写真】株式会社小倉メリヤス製造所【写真】株式会社小倉メリヤス製造所

今回、エコテックス®ステップ認証を取得した栃木工場で働く従業員

海外ブランドから問われたのは、
“国際認証を持っているか”だった

 同社の取引先には、もともと海外ブランドやライセンスブランドも多かったそうです。そのため、労務管理や人権配慮、工場環境など、さまざまな監査を早い段階から経験してきたと言います。
 「正直、最初は抵抗感もありましたが、何度も対応するうちに“監査慣れ”してきます。ただ一方で、『ブランドごとに1回1回個別監査を受け続けるのは大変』という思いが心のどこかにありました」。
 そんな中、ある出来事があり、会社として大きな転機を迎えることに。
 「一昨年、あるグローバルブランドから、日本での洋服の生産について相談を受けました。品質や仕様、加工料金について何カ月もやり取りを重ね、『これなら進められそうだ』と感じていました」。
 そして交渉も終盤に入ったときに、先方からこう聞かれたと言います。
 「ところで、国際認証は取得していますか?」。
 「ニュアンスが『当然持っていますよね?』という感じだったので、正直驚きました」と小倉社長。
 これまでの実績として、海外ブランド等から受けてきた監査や、その結果構築できた管理体制について説明したと言います。しかし、「オフィシャルな国際認証を取得されていますよね?」という質問に終始され、結果として、この商談は実現には至らなかったとのことです。
 「原因が国際認証取得の有無であったかどうかは、そこは先方もおっしゃらなかったので、正直分かりません。ただわたし自身は、自社の企業価値の認識を転換させました。つまり、“どれだけ自分たちがやっていることを一所懸命に説明してもそれは自己満足でしかなく、第三者機関による客観的な証明が必要な時代だ”ということです」。
 「それは、国際認証取得の有無が取引判断の一つになるという、“世界を相手に商売をすることの厳しい現実”を強く感じるきっかけになりました」とも。
 ちょうど同じ頃、ある同業者が複数の国際認証を取得していたことも、小倉社長にとって大きな刺激になったと言います。「うちと同じ規模の中小の縫製工場でも、国際認証を取得する時代なんだ。負けてられない」と。
 そして同社は、【エコテックス®ステップ認証】の取得へ本格的に動き出します。
 実は、エコテックス®との縁は以前からありました。20年以上前になりますが、同社を含む三社によって立ち上げた“エコベビー”という会社が、ベビー服で日本初のOEKO-TEX® STANDARD 100(エコテックス®スタンダード100)認証を取得していました。「父はよく、どこよりも先だったんだぞ』と誇らしそうに話していました(笑)」
 今回のステップ認証取得を決意するきっかけは、「日本国内の縫製工場は、まだどこもSTeP認証を取得していない」と聞いたことだと言います。「それならば、“日本初として挑戦してみよう”と、即座にひらめきましたね」と、小倉社長は言います。


NEXT Vol.2に続く