東京ビッグサイトで開催された第84回東京インターナショナル・ギフト・ショー秋2017 LIFE&DESIGN」に初出展し、国内外約130点の認証品を一同に会したエコテックス®ブースに注目が集まりました。また、開催期間中に行われたギフト・ショー特別セミナーでは、株式会社 三越伊勢丹マタニティ・新生児バイヤーの渡邊千尋さん、オーガニックコットンを使ったナイトウエアブランド「nanadecor(ナナデコール)」ディレクター 神田恵実さんとともに、駒田展大・エコテックス®認証機関 一般財団法人ニッセンケン品質評価センター理事長が登壇。繊維、衣類に対する安心、安全を追求したものづくりと企業の有り方や姿勢について、それぞれの立場からの興味深いトピックが展開されました。その模様をレポートします。
ファシリテーターを務めたのはJustin Pattersonsさん。ご自身も1歳半になる息子さんがいるということで、幼児が直接肌に触れる衣類にも高い関心があるといいます。
Justin Pattersons(以下、パ):今回は消費者としてもとても興味深い、持続可能なものづくりについてお伺いしていきたいと思います。まずは小売の立場から三越伊勢丹にて最近売り場で感じるお客様の意識についてうかがいたいと思います。
渡邊さん(以下敬称略、渡邊):私が担当しているマタニティ、新生児用製品に関しては、もともと触れるものすべてに安全性が問われるものですが、その関心度はより高まっていると感じています。以前と変わっているのは両親と祖父母だけでなく、シックスポケット、テンポケットと呼ばれるように、おじやおば、両親の周りの友達といった、さまざまな人々によるベビー製品の消費が加速しています。製品の「安全」基準は基本的な義務ですが、「安心」は個人の感情から湧いて出るものです。ですから百貨店としては、安心につながる必要な情報をそれぞれ購入する方に合わせてカスタマイズして提供しなくてはいけないと感じています。どういった情報をその人その人に合わせて提供するがのベストか、引き出しをたくさん持っておく必要があると感じています。
パ:消費者が安全性をより重視するようになった具体的な事例はありますか?
渡邊:2015年に誕生したプライベートブランド「KISETTE(キセット)」の購買行動を見ていると、安全性や品質についての情報が購買の決定打となっていることがわかります。「KISETTE」は、大人目線の感度の高いデザイン性と日本の生活環境に合わせた安全な機能性を考慮し、糸からこだわったアイテムを展開しています。お客様はファッション性、感性の面から最初は商品を選びますが、その後接客の中で安全性についての情報を提供することで、理屈として理解して購入するという購買パターンへ変化してきています。安心したうえで、楽しくおしゃれなものをこどもに着せることができるということで大変ご好評いただいております。
パ:次に神田さんは編集者として活躍される傍ら、オーガニックコットンを使ったナイトウエアなどを始めとするブランド「nanadecor」を立ち上げ、現在表参道にショップを構えるほか、伊勢丹やセレクトショップなどでも取り扱われているとのことですが、そもそもオーガニックコットンとの出合いは?
神田恵実(以下、神田):機会があり、無農薬でつくられるオーガニックコットンについて取材したことがきっかけです。今から約10年前にロハスブームが来て、オーガニックな食品やコスメを始め、安全で地球環境にも配慮したさまざまな製品やサービスが一気に増えました。そのなかでオーガニックコットンを扱うブランドも多数出てきましたが、大きな企業、小さな企業それぞれが責任を持って製品を提供することが重要だと思っています。大企業は大量生産で手の届きやすい価格帯の商品展開を、私どものような小さなブランドは、肌触りを中心とした、自分への贅沢となるような商品を提供していければと思っています。
パ:オーガニックコットンの魅力とは?
神田:オーガニックコットンの安心・安全については、肌触りで感じてもらうのが醍醐味だと思っています。一番驚いたのは、オーガニックコットンのパジャマで寝たことで、これまでにないほど深く、質のよい睡眠を得られたことです。パジャマの素材ひとつ変えるだけで、こんなにもストレスや疲れが癒され、体が緩むものなのかと衝撃を覚えました。そこで編集者魂といいますか、忙しい女性にこのことを伝えていかなくてはと思いました。徐々に認知が広まっていき、以前は深刻な悩みを抱えていて、いろいろ情報を集め試している中でようやくここにたどり着いたという感じの方が多かったのですが、今はストレス社会が蔓延する世の中で、いろいろな人が買うようになってきました。自分が着るものに対する高い満足感を求めている人が多いと思います。大量生産せずに少ないロットで丁寧につくり、また認証取得など、見えないコストがかかっているため、普通のコットン製品に比べて価格は上がってしまいますが、きちんと知識を得れば納得いただけると思っています。
パ:それでは駒田理事長にもお話しを伺いたいのですが、ニッセンケンは日本ではもちろん、世界においてヨーロッパ以外で唯一のエコテックス®の認証機関とのことですが、まずはエコテックス®とは何かについてお聞きしたいと思います。
駒田展大・理事長(以下、駒田):エコテックス®は、衣類品や身の回りの繊維製品に、人体に有害物質が含まれていないかどうか、そうした有害物質を規制・排除していこうというものがそもそもの考えです。1992年にドイツとスイスとオーストリアの3国の研究機関が設立したことから始まり、現在では、世界約70カ国の受付窓口と、16カ国に試験・認証書を発行できる認証機関があります。繊維製品における有害物質といっても様々なものがあり、アレルギーを引き起こすもの、発がん性のあるもの、環境ホルモンなどがあります。それは繊維を染める染料にも、プリント加工の薬剤などにも含まれる可能性もあるんですね。さらには天然繊維にも、生産過程で使われた殺虫剤や農薬が残り、人体に被害を及ぼす可能性があります。
パ:認証を取得するためにはどんなプロセスが必要なのでしょうか?
駒田:糸から生地、最終製品など、あらゆる繊維製品、パーツなどが主な認証対象で、審査、分析試験などに約1ヶ月を要します。製品の認証である「エコテックス®スタンダード100」は製品の用途や目的によって求める安全性のレベルを4つのクラス別に設定しており、生後36ヶ月までの乳幼児が触れる繊維製品に対して一番厳しい基準を設け、次に成人が着用する肌着類やシーツ、布団、タオルなど肌との接触の大きい繊維製品、その次に肌に直接触れにくいコートやジャケットなどの繊維製品、さらにカーテンやテーブルクロスといった家具や装飾品に分けられます。また、昨年6月から染料、顔料、助剤、仕上げ加工剤などに対する安全証明の「エコパスポート」が開始したことで、さらに安全認証への幅が広がりました。
パ:ニッセンケンとエコテックス®との出合いについてお聞かせください。
駒田:我々は2000年にエコテックス®国際共同体に日本の認証機関として加盟しましたが、その前年にヨーロッパで活動していたエコテックス®の本部が、世界に広めたいという思いで調査団とともに来日したのがきっかけです。日本国内の様々な繊維試験機関を周り、試験設備や検査に対する考え方などを調査していったのです。慎重な審査の結果、我々ニッセンケンを認証機関に決定するという連絡をいただきました。なぜ我々が選ばれたのかというと、ニッセンケンはもともと染色業界に造詣が深く、さまざまな研究を進めてきたことが決定の鍵でした。有害物質が一番多く含まれるのが染色加工時に使用される染色加工剤ですので、本部が我々の技術や知識を評価してくれたものだと思います。
パ:日本ではエコテックス®についてどのくらい広まっているのでしょうか?
駒田:全世界で100カ国、10,000企業、のべ160,000件もの認証取得製品があり、ヨーロッパで38%、アジア56.2%、日本2.8%となっています。北米は各企業が高い安全基準を設けているため、エコテックス®自体の広まりはこれからというところになると思います。実は、日本は世界で初めて有害物質を規制した国です。厚生労働省の法律としてホルムアルデヒドを取り締まったのですが、その後広がりがなかったのです。もっと有害な薬剤の規制を進められたと思うのですが、逆に有害物質の規制はヨーロッパでどんどん進んでいきました。日本は単発的な規制に留まってしまっているのに対し、ヨーロッパはより包括的かつ科学的に問題の解決を進められる土壌があると思います。
パ:日本でさらに広めていくには企業側への働きかけに加えて、消費者にも啓蒙していく必要がありそうですね。渡邊さんはエコテックス®についてご存知でしたか?
渡邊:はい。弊社で取り扱っているブランドさんにも認証を取得している製品があるので知っていましたが、これからもっと一般消費者の方々に認知度が高まればいいなと思っています。エコテックス®は、安全性がブランド化されたもの。ロゴをみたら「この商品は安全性が担保されている」とひと目でわかるので、我々小売にとっては、非常に魅力的なツールだと思います。海外からのお客様が増えていますが、マークが付いているベビーウエアにはより反応がいいです。エコテックス®の認知が広まることによって、地球にも社会にも健やかなものづくりになっていくのでは?
パ:神田さんはエコテックス®についてどう思いますか?
神田:取得できるアイテムが幅広いのがメリットかと思いますね。スタンダード100に加えてエコパスポートが登場したことで、より認証取得製品が広がっていけばいいなと感じました。実は、オーガニックコットンの認証に関してはさまざまな課題があります。いろいろな機関が認証制度を設けているのですが、細分化されすぎてしまっていたり、それぞれの認証について認知がされていなかったり。エコテックス®の取り組み方には多くのヒントがあると思います。
駒田:エコテックス®の考えとしては、消費者が使う繊維製品に有害な物質を含むものを市場から駆逐しようというもの。そのため、安全が実証されないものとの区別をするためにラベルをつけ、認知向上を目指しています。究極を言えば、世の中が安全なものばかりになれば、エコテックス®のラベルは無くなっていいと思っています。世界の各企業、団体が責任持ってクリーンなものづくりを行うようになってほしい。エコテックス®国際共同体自体は非営利の団体ですので、団体の存続ではなく、環境や人体への影響を考えたものづくりそのものが広まっていけばいいと考えているのです。
パ:ではみなさんにお聞きしたいのですが、これからの社会は、より持続可能なものづくりの意識が広まっていくと思いますか?
駒田:温暖化によって地球環境が変化し続けています。各国で環境の規制、人体被害を規制する法律が進んでいます。また、グローバル企業も人体に配慮した持続可能なものづくりを促進しています。企業側が努力するのと同時に、一人ひとりの消費者が環境に配慮することを文化として、倫理面の発達させる教育も充実していってほしいと思います。
神田:もともとコットンはナチュラルという印象を持っていたのですが、いろいろ調べていくうちにコットンにどれだけ環境負荷がかかっているのか、どれだけ生産過程に矛盾があるのか見えてくるようになりました。ヘリコプターで枯れ葉剤を散布したり、もしくは農夫が背中に農薬を背負って散布していることを考えると、消費者のみならず働く人々にも甚大な被害を及ぼしていることになります。だからこそ、正しい循環で育ったオーガニックコットンとそうでないもの、2つあったらオーガニックコットンを選んでもらえたらいいなと思います。
駒田:環境や工場ワーカーの被害はまだまだ課題です。特にアジアの一部のエリアは、労務費を抑えられるということで大企業が大量生産の拠点としています。そのこと自体は悪いことではなく、その国の経済の発展、雇用の提供にもなっています。ただ、先日東南アジアのあるエリアを視察しましたが、環境は劣悪でした。工場周りの川、池に排水が流れていました。そこには人がたくさん住んでいます。その人たちの将来が心配ですし、現場で働く人にも大きな問題が起こる可能性があります。そういった現場で有害な化学物質を使わない、使わせない規制をしていかなければなりません。
渡邊:私たちは小売として、さまざまな国で生産された商品を取り扱っていますが、それぞれの国によって住環境や習慣が違います。デザインの可愛い海外の製品でも、その生産背景までしっかりチェックしたり、また日本で販売する際には安全面、仕様の変更などを徹底しなければならないと感じています。安心・安全な商品が、生産背景まで含めて社会にとってどんなメリットがあるかというところまで、お客さまに伝えていけたらと思います。
パ:それでは最後に飽和状態にあるアパレル、繊維業界について、どのようにお考えですか?
駒田:先日『誰がアパレルを殺すのか?』(日経BP社)を読みました。そのなかで最も印象に残ったのが、バブルが崩壊した直後の1991年から、現在のアパレル衣料の市場規模は3分の2なのに対し、供給される数量が倍増しているという事実です。ものを簡単に買えるし捨ててしまうという悪循環が蔓延しており、廃棄衣料は現在切実な問題となっています。安価で環境にも有害な繊維が燃やされ、地球を汚染していくということにもっと目を向けなければなりません。
渡邊:消費マインドが変わってきていると感じています。ファッションは自分を着飾るものという観点から、自分表現、自己実現のツールへと変わってきています。商品の選び方がデザインだけでなく、品質の良さ、安全面、どういう生産背景があって、その購買行動が社会へどう影響するのかいうことに敏感になっているお客様が確実に増えています。こうしたニーズに応えるために小売としてできることはまだまだあると感じています。
神田:日本はベースとして、安心が担保されている社会で育ってきているので、それにプラスした安全面を求めるという意識はまだ低いですよね。なかなか時間がかかっているなと感じています。
駒田:確かに日本の企業とグローバル企業の意識に差を感じています。日本には安心・安全の基準があまりないんですね。欧米は第一に安心・安全を確保します。日本では、目に見える品質に意識がいきがちで、目には見えない有害物質などに対する品質を考慮しているところが本当に少ないのが現状です。これからは安心・安全を品質基準の最重要項目に入れていってほしいと思います。何十万枚も作って売れる時代ではなくなってきます。そうなったとき、本当に価値として残るのは、安心安全という絶対的な信頼ではないでしょうか。
パ:常に私たちの身近にある衣料品ですから、安全に対して明確な基準があってほしいと一消費者の立場からもそう願っています。今日はありがとうございました。